2007年3月28日 (水)

僕は今日もページをめくる。

 数日前、会話の中でこんな言葉が出てきた。

 「同じ本を何度も読み返す。でも、読むたびに新しさがあって、考えることがある。もちろん、新しい本だって読むけれど。」

 趣旨を要約すると、そういうことを。この言葉を聞いて、僕は僕の場合を考えた。僕はどうだろう。

 考えるまでもなく、僕も同じ本を何度も読み返す。安部公房の『壁』はたぶん20回以上は読んでいるし、『第四間氷期』も同様だ。ほか短編も長編も安部公房はかなり読み返す。そして村上春樹、あの呆れるほどに長い『ねじまき鳥クロニクル』を何度読んだだろう、『ダンス・ダンス・ダンス』もそうだ。無論、他の短編も長編も。他の本においても、読み返す機会は多い。……とりわけフランツ・カフカ。

 大学一年生くらいのころだろうか、フランツ・カフカについて少し考えていたことがあった。もちろん僕はそういう研究家ではないし、あくまで興味の範囲内での話だ。その中で、カフカの翻訳をしている方のこのサイトにおいて、カフカの言葉が載っていた。

 ぼくは、自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。もし、ぼくらの読む本が、頭をガツンと一撃してぼくらを目覚めさせてくれないなら、いったい何のためにぼくらは本を読むのか? きみが言うように、ぼくらを幸福にするためか? やれやれ、本なんかなくたってぼくらは同じように幸福でいられるだろうし、ぼくらを幸福にするような本なら、必要とあれば自分で書けるだろう。いいかい、必要な本とは、ぼくらをこのうえなく苦しめ痛めつける不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森の中に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない。

 なるほど、と思った。これは限りなく、僕がこれまで思っていたことに合致する考え方だ、と。きっとだからこそ、僕は何のきっかけからかカフカの本を手に取り、あの段落も落ち着かない文章を読み進め、さらにはもう少しカフカに触れようとしたのだろうと思う。……それはともかくとして、この言葉だ。

 表現はどうあれ、つまるとこは「本とは、その読み手に対して、あらがいようのない強い衝撃を与えるべきなのだ」ということだ。なんて誠実な考え方だろう。本を大切にしているのだろう。

 僕のこれまでの経験上、本を読んだ際に「あー、まぁアレかなぁ。面白いっちゃ面白かったのかなぁ、なんとなく。」みたいな釈然としない心を抱き、自分の中になんのとっかかりもなく流れていった本は、後に読み返すことはない。逆に言えば、たとえどれだけある種の退屈さや苦痛を伴い、そこに笑顔が溢れていなくとも、自分の中に引っかかる本は、その時に読み返したいと感じなくとも、結局は後に読み返すことになる。

 それは僕が思うに、「自分の中に残る引っかかり」というのは、「これまでの自分になかった価値観や考え方」であったり、「理解が出来ないような理屈や経験則」であったりするのかもしれない。一度それを読んだだけでは、吸収も消化も、ともすれば飲み込むことすら出来ていないこと、ではないか。カフカのいう作用とは、それらの総合した形なのではないだろうか。

 僕らは自分の範囲外の出来事に遭遇すると、衝撃をうける。それを感動と呼ぶこともあるだろう。僕らは様々な成長と変化を遂げる。時には留まることもある、ただし留まることを通じて、心と意志をより強くしている。

 そして僕らは、一つの本を何度も読み返す。何度読んでも受けるだけの衝撃が、その本には詰まっているということだ。衝撃を与える役割として、僕らの前に意味を持ち存在しうる。そういう本に出会えるのは、どれだけ素晴らしいことか。

 たぶん、このカフカや僕の感じていることは、多くの人にとっても間違いではないだろうし、いくらかの人にとっては理解もしてもらえるだろうし、また僅かな人にとっては同じ感覚を抱いているのだろう。今回、僕の周りに少なくともそう感じる者がいたように。

 ところで僕は、その先を考えた。読み返す、読み返す、読み返す。その先で、「これまで擦り切れるほどに読み返したけれど、もう今は読み返すことが無い」という本は、その人にとってそういう意味を持ち、どういう位置にいるのだろうか、と。少なからず、あるのだ。読み返しを重ねたことによって、今はもう読み返すことはなくなる、ということが。僕の場合、まだ生きている年数が少ないから、安部公房や村上春樹やカフカにそう感じることはない。ただ、「すごく好きだし、何度も読み返したけれど、もう読み返さないかもしれない」という本は、あるのだ。指折り数えるほどの回数では、除くべきかもしれないけれど。

 前に述べたカフカや僕の捉え方から言えば、きっとその本は既に僕に対して、衝撃を与える要素を含まない本になったのだ、と言える。あるいは、「僕はその本から、僕に与えられるべき衝撃を総て受け取った」とも言える。どちらにせよ、その本はこれまでののように、僕には作用しなくなっているということなのだろう。

 ならば、その本は、僕にとって何たるものなのか。

 僕が思ったのは、「ようやく、それは僕にとっての<本>になるのではないか」ということだ。それも、すごく個人的な<本>に。ようやく、と書いたが「それだけの意味はある過程を経て」という意味だ。

 言い方は悪いけれど、自分自身になんの衝撃も与えず、作用する役割を持たない本は、本ではないように思う。それは結局、その人にとって「紙とインクの塊である本」に過ぎないのかもしれない、と。これは本を創る側の人間をすごく踏みにじってしまう考えだと自分でも感じているけれど、本に対する考えを突き詰めれば突き詰めるほど、到達してしまうのだ。僕だって創る側の人間なのだから、自分でこんな考えを述べて、心苦しい部分もある。

 でも、現実にそうなのだ。僕の本棚の中には、悲しくも「ただの紙とインクの塊」になってしまった本が幾つもある。そして同じ空間に、個人的な<本>になったものもある。そして個人的な<本>になるべき本がたくさんある。誰しも、同じことだ。

 個人的な<本>になった時、それはその本が僕らに対するスタンスが安定し確立した状態になると同時に、僕らから見てもその本に対するスタンスが確立した状態になる。つまりは、その本に対する評価や分析、切実な想いが、揺るがないものになるということだ。

 他人から「この本はどう感じるか」と聞かれたり、あるいは人に「この本をすすめよう」と想う際に、明確に自分なりの形として揺るがない想いを、確実に表現できるということだ。

 モチロン、人にすすめたりするのに、必ずそういう状態である必要は全く無い。むしろ、そういう状態で無いほうが、すすめる意味はあるのかもしれない。その辺は、まだよく分からない。すすめた本による、人の変化を僕はまだ実感したことがないからだと思う。

 ただ、個人的な<本>になりえた本は、僕の中に強く存在する。一体化するといっても良い。他人から見て、何かそのような節があるかどうかは、問題ではなく。なんだろう、立花隆に言わせれば「僕の血となり、骨となり、肉となった本」ということになるのだろうか。

 個人的な<本>になりうるまで、読み返している最中の本が血や肉にならないわけではない。それは初めに言っていたとおりだ。むしろその過程こそが重要で意味のあることなわけであり、あくまで結果として個人的な<本>という捉え方が生まれているに過ぎない。だから、僕らは何度も本を読み返す。そしてその度に個人的な<本>に近づかせていく。

 僕はこれから先、どれだけの本を個人的な<本>にしていけるだろう。もしくは近づかせていけるだろう。分からない。キリがないのだ、とも思う。でも、本というものはそうあるべきなのだとも思う。

 そんないろんなことを思いながら、僕は今日もページをめくる。

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 この文章を書いた後に、また考えてみると、カフカの言葉と僕の言葉は、どうやら視点が逆に置かれているらしいということに気付く。それはたぶん、カフカが作家であり、僕は読み手であるからだろう。

 カフカは読むという言葉を使っているものの、全体のニュアンスを見ると「本はこうあるべきだ」というのを「こう書き、書かれるものだ」という方面を中心としてえぐっている。僕は「本はこうあるべきだ」というのを「こう読み、読まれるものだ」という方面を中心としてえぐる。でも結局は、「本はこうあるべきだ」というのを語っているわけだけれど。

 この文章において考えている事柄の中に、実のところまた別に掘り下げて考えるべき事柄がある。それは選択ということだ。僕らは「自分から本を選び出会っていくのか」それとも「本とは自然と必然的に選び出会って繋がるのか」ということだ。ただしそれは、本との関わり合いのみならず、世の中の多くの関わり合いにおける出会いに関する事柄でもあり、また長くなるであろうから別の機会に書くことにする。

 それにしても読みづらい文章だ。書いた本人が読みづらいのだから、周りはなお更だろうか。

 その上、その先を考えるといった部分の個人的な<本>の部分は、考察が足りない。結局、その個人的な<本>とはどういう存在で、いかなるものか、ということを言及していない。このテーマもやはり、いずれ別に書かなければならない。

 今回書いた文章は、多くの考えることを含む単なるアウトラインであり、序章でもあり、最も的確に言えるなら習作である気がしてくる。

 僕以外の人間には、一体、どう捉えられるのだろう。     circus

2007年3月23日 (金)

人並み

 時折、声を聞く。「普通ってなんだよ」と言う声。現代において、こと何かを批判的に捉えたり、あるいは自分自身を少し変わった人間だと認識している人ほど、このセリフをよく使う気がする。かく言う僕自身も、確か高校一年生くらいの頃は、同じような類の言葉を振りかざして、周囲よりも現実をよく理解していると勘違いし、自分がある意味において誠実な人間なのだ、と思い込んでいたこともあった。懐かしいものだ。

 けれど、今となっては、正確に言えば高校二年生あたりの頃から、全くもってその考えは下らない考えで、なんと意味のない虚構だったのだろうと思う。そして、現在でもそう思う。「普通」を否定することを、僕は間違っているとは言わない。明らかに「普通」という言葉を盾に、様々な可能性や受け入れなければならない状況、もしくは自分自身の甘さを、正当化しようと試み、かつ周囲を蔑む人間が世の中には溢れるほどにいるからだ。そういう人間が「普通」を必要以上に掲げることは、僕も気持ちよい感じはしないし、「普通ってなんだよ」と言いたくもなる。

 僕が言いたいのは、そういう「普通」ではない。もっと日常的に、人間的に、あるいは感情的な意味合いにおいて「普通」というものは大切なのではないか、ということだ。ただ僕は、「普通」という言葉ではなく「人並み」という言葉を主張したい。

 「普通」:特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それが当たり前であること。一般に。たいてい。通常。

 「人並み」:世間一般の人と同じ程度であること。世間並み。

 辞書における意味を見てみると、その言葉の持ちうる意味の範囲に多少の差はあれど、つまるところでは「だいたい人と同じようなこと」というニュアンスで括られる。そして現実の世の中の会話においては、はっきり言ってほぼ同じ用途で使われている。もちろん、言語を職種としている者やある程度自らがこの類のことについて考えたことがある者は、厳密にいくと違いがあることに気がつくであろうが、おそらくそれこそ一般的に言えば、この二つの言葉は置き換えてもなんの支障もない。

 僕はそれでも、「人並み」という言葉の大切さを思う。もちろん、それは「普通」という考え方にも大きく影響あするものだし、僕が主張すべき中心は、いずれにせよ同じところにあると言ってもいい。本題に移ろう。

 現代において、人々の意識は「人並み」を忘れすぎている。否、「人並み」というものを軽視し、まるで愚かなことであるかのように信じ込み、教え込みすぎている。「個性」という言葉に意識を囚われすぎ、あたかも「個性」を重視することは「人並み」とは逆のベクトルであると感じすぎてしまっている。それは大きな間違いであると、僕は思う。

 決して「個性」と「人並み」は相反する、反比例のようなモノではない。相関関係があるかどうかは、統計的な関数を取ることが出来ないものだからわからないけれど、少なくともどちらかを取るとどちらかを犠牲にしてしまうものでは、ない。むしろどちらかと言うならば、僕は比例関係にあるのではないか、とすら思う。

 「個性」を神格化するようになったのは、やはり欧米化が進んできたといわれる現代になってからなのだろうか。確かに、それまでの日本人の姿勢に比べれば、その答えはやはりイエスなのだろうと思う。教育においても、「個性」を引き出すことが重要であると、しつこく言われている。なるほど「個性」は必要かもしれない、けれど、「人並み」を知らぬ見せかけだけの「個性」に一体、何の意味があるというのだろう。

 「個性」を何よりも先に重く見ることは、良くも悪くも多くのプレッシャーを与えている。昔から殺人や自殺や不思議な事件は多いし、特別現代になって増えたとは僕は思っていないのだけれど―ただただ、情報技術の進歩による、情報共有の量に昔と今では差があるだけだ―、事件の質として、現代の事件にはいささか疑問を感じることがある。

 それは事件を起こす側も含め、全体の意識の問題だ。どうもこのところの事件は「食うに困って」とか「復讐で」とかではなく、個人的な行き過ぎた感情によるものが多いと感じる。その要因の一つに、「個性」を埋め込まれ「人並み」を忘れすぎていることがあると、僕は思っている。

 「人並み」に何かを思ったり、考えたり、行動することは非常に紳士的だし、とてつもなくフェアだ。たとえば、人を殺そうと思うときに、その殺す側の人間が果たして「人並み」に「殺される側の苦しみや、残される者の苦しみ」を理解できているなら、殺すことなど出来ない。自殺しようとするものが果たして「人並み」に「生きることの気楽さを持ち、何かに対する反骨精神を持つ」ようなら、自殺など愚かなことだと気付く。そして同じように、「人並み」に多くのことを考えてみれば、世の中はもう少し平和に回る。

 要するにアレだ。僕は小さい頃によく言われたものだが、「人の痛みを知らなければならない」ということでもある。加えて言えば、「常識を知らなければならない」ということでもある。常識なんて概念は、国柄によっても当然違いは生まれてくるわけではあるけれど、少なくとも人間的常識のことを僕は思う。その常識という考え方もつまりは、「人並み」ということだ。

 ある程度、「これはやっちゃいけないんだ」とか「これくらいでいいのかもしれない」とか感じることは、絶対に必要なことだ。それは逃げではない。秩序を保つための、手段だ。

 考えてもみれば、世の中に存在する人間、みんながみんな「オレは人と違うんだぜ」なんて言い出したら、どれだけ統率のない秩序のない世の中になるだろう。人が一人一人違うことは今更取り上げるまでもない真実ではあるけれど、それをあたかも特殊事項であるかのように、そしてその思想に囚われて人を想えなくなるのは、どうにも本末転倒な気がしてならない。「個性」なんて特殊なもんじゃない。

 結局は、「人並み」による社会の秩序を僕は語りたいのかもしれない。盲目的に「個性」だけを引っ張りあげるのは何か不自然な気がする、ということだ。「個性」なんてものは「人並み」を知った上でその人なりに勝手に出てくるものだ。多くの出会いや別れ、喜びや悲しみ、文化や世俗にもまれることによって、経験することによって。

 言っておきたいのは僕は「人並み」は大切だと感じているけれど、それは現在のごく一部で主張される「平等」とは全く違う。僕は世の中に「平等」なんてないと思っている。人間、生まれた瞬間から、生まれる前から「平等」なんてことはないのだから。運動会でみんな手を繋がせてゴールさせるような、桃太朗の劇で桃太朗が何人もいるような、そんな反吐が出る下らない平等主義なんて、必要だとは思わない。それは「人並み」じゃあない、それこそ「人並み」という意識を忘れた人間の主張することだ。「人並み」の意識を持っているものに、いまさら平等なんて主張する意味はないのだから。そこは強調しておきたい。

 僕は人から「普通じゃない」なんて言われることもあるけれど、僕はそれをあまり好まない。人によってはそれを、「個性」と考えよしとする人もいるのだろうけれど、僕は何がおかしいのだろうと感じてしまう。なぜなら、僕はかなりの場合、「人並み」だからだ。こんなことを語るくらいなのだから、当然意識もしている。だから僕は、もう面倒だから初めに付け加えることもある。「普通の人は違うらしいんだけれど……」などと。でも僕に言わせれば、そんな文句を付けなければならない時こそ、「人並み」のことを考え、世の中は「人並み」という考えが脆弱なのだな、と感じる。

 「人並み」なことは何も、悪いことじゃない。「人並み」でないことが、特別良いわけでもない。「個性」が神で「人並み」が平凡なわけじゃない。「人並み」がつまらなくて「個性」が優れているわけでもない。そういうことだ。日本の教育について、メディアではとても騒がれているけれど、僕は今一度「人並み」という意識を、まずは大人の側が持ち直すことが何より必要なことなのではないか、そんなことまで思う。

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 支離滅裂すぎて、ヒドイ文章。でもそれくらい「人並み」の必要性は感じるということだ。今回の文章は、構成を考えることも一切なく、本当に主張したいことは何なのか分析することもなく、流れに身を委ねて文章を上げてみた。

 たまにはそれも、良いと思う。たまにはそれも、楽しいと思う。     circus

2007年1月16日 (火)

許すという奇跡

 おそらく、幾多にも分かれる人間関係における感情や行動において、最も尊敬に値し、逆に言えば最も困難にもなりうるものが、「許す」ということだと僕は思う。それはただ単に、何か分が悪くしたり気を悪くしたりしてしまった際に自らが行使し、または享受する場合においてのみならず、もっと広い場合において「許す」ということは意味を持ちうる。友好の中で、師弟の中で、形式の中で、そして愛情の中で。

 「許す」ということの持ちうる、ひとつ間違えれば危険なほどの意味を、僕はなんだったかの小説の一節で知った。宮部みゆきの何かであったであろうことは記憶しているが、それ以上は定かではない。一節の構成や文脈も憶えていない。そこに記され、僕に投げかけられていた「許す」ということの強い意味の、いわばエッセンスだけが、脳裏に焼き付いている。それは、分かりやすくデフォルメすると次のような例だった。

 ―ある配送業者のトラックは、年の瀬のせいかそれはもう急いでいた。ある少女は、高校帰りに家族との約束の時間に帰るため、それはもう家路を急いでいた。見えにくい信号。滑りやすい路面。交差点。トラックと少女はすれ違う、否、衝突する。勢いよく、少女の身体は跳ね上がる。驚きに、運転手の目は見開かれる。交差点だけが、静かに笑っている。―

 書いてみると、ほとんどが僕の創造になってしまっている。あらゆる部分が、全くもって宮部みゆきの書いた状況とは食い違っているし、類似した部分もほぼない。しかし、中枢は同じだ。要するに、文章の内包する主張するべき何か、は完全に一致している。僕の本来主張したいことは、近くて遠いところにあるにせよ、まずはデフォルメした一節から、「許す」ことの意味を抽出したい。

 果たして上記の例の場合、悪いのは誰だろうか。仮に自動車側の信号が、赤であったとする。多くの世間の人々は「運転手が悪いのだ」と言うだろう。なるほど、間違っていない。僕もまずそう思う。そして仮に少女側の信号が赤だったとする。それでも多くの人々は「運転手の不注意だ」というだろうけれど、一部の人々は「少女の不注意だ」という認識も生まれることだろう。その通りだ、僕も同じようにまず思う。

 そして、一般世界では結論が出される。稀にもう少し踏み込んだ部分まで議論が進むことはあれど、結局のところそれらが裁判にかけられたり、罪を背負うことはほとんどない。かろうじてあるとするならば、記憶に新しいJR西日本の事件くらいのものだろうか。それでも、JR西日本はさほどの罪を背負ったわけではない。

 僕はそれが悪いとは思わない。むしろ、世界とはそうあるべきなのだ、と思う。つまりは一般世界において、その当事者達だけを巻き込んだ結論を得ることは、仕方がないことだからだ。自然ななりゆきだからだ。そこでは僕らは相当に多くのことを「許している」のだ。無意識かもしれないけれど、そういうことなのだ。僕らは「許す」という意味の力によって、世界を成り立たせることができている。僕は紛れもなく、そう信じている。

 僕らは、交差点の信号が見にくく設置されていることを許している。僕らは、路面が滑りやすいことを許している。僕らは、その信号や路面を作ってしまった人々を許している。僕らは、年の瀬に急がせている配送業者そのものを、そして配送業者にそこまで急がせてしまう僕らの慣習を、さらにはその慣習を見直すことのない自分自身やその周りの人々を許している。僕らは、少女に時間をかせた家族を、そしてやはりそうさせてしまう僕らの慣習を、そんな慣習を守ってしまう僕らの律儀さや国民性を許している。もっと言えば、その多くを形成する手助けをしてしまっている世界を許している。また、その世界を形成してしまった過去の歴史や人々を許している。

 けれど、それが正しい。状況によって、はじめの部分に挙げたような業者や周りの人々などを許さざることが、ごく稀にあるとしても、ほとんどにおいて僕らが下している「許す」という判断は正しい。それは誰が疑う余地もない。総てを追求し、総てを許さない世界は起こりえない。それは、世界そのものを許さざることにしなければならないからだ。だから、僕らは多くを「許す」。その力を理解しているかどうかは、別として。

 つまり、「許す」ということは世界を作っている。それだけの意味を、持ち合わせている。しかしながら、僕が本来主張したいことは、そういうことではない。「許す」ということがそれだけの意味を持ち合わせているのだ、ということを前提として、僕は思う。

 最初に述べたように、僕らは友好や師弟、若しくは形式の中で日常生活上、「許す」。そしてなにより愛情という側面において、「許す」ということは大きい。少なくとも、僕はそう思っている。ある人が、またある人を愛するというのは、同時に、ある人がまたある人を完全に「許す」ことと同意ではないだろうか。

 人を愛すると、たくさんの問題が発生する。それは物理的なすれ違いかもしれないし、精神的なすれ違いかもしれない。もしかしたら、性格上しかたがないことかもしれないし、経験上避けられないものかもしれない。言葉に出来うる問題も、出来ない問題も発生する。どちらかが一方的に身勝手であることもあるだろうし、あるいは互いが互いに身勝手であることもあるだろう。誰が悪いわけでもないけれど、誰もが悪い、そういうことが。

 それでも僕らは、人を愛する。人それぞれ対象に対する何かしらの基準はあれど、その基準をクリアし―場合によっては基準をクリアすることなくとも、不思議と愛することはあるけれど―、もうどうしようもない位に、必要性と必然性にかられ、自らの意識以上に人を愛してしまうものだ。最終的には、そこに具体的な理由など、ないように僕は思う。何を愛するとか、何処を愛するとか、そんなことは些細なことで、理由など分からなくとも愛するときは愛してしまうものではないか、と。とはいえ、今はそのことはそれほど関係はない。置いておこう。

 要するに「本当に」人が人を愛するには、そういった数々の問題を、相手を、そして自分自身を、何処まで「許す」ことが出来るかが重要になってくるということだ。おそらく、多くの人が憧れるような、いわゆる理想の夫婦のような状態は、ある意味で完全に許しあっている。もちろん、互いに不満を述べたり、怒ったり、時には涙することもあるかもしれない。けれど、その前後関係やその感情自体を、互いに互いを、自分が自分を許している。だからこそ、その理想の夫婦が離れることは、ない。もしかしたらその二人には、そんなことを想像したことすらないかもしれない。あったとしても、そんな想像すら「許す」ことをしているのだろう。

 あくまで、僕の考えに過ぎない。でも、強ちおかしくもないのではないか。ある二人は、瑣末なことで争う。そして、離れる。また、瑣末なことで争うことなく、些細なすれ違いや思考の相違で、離れる。瑣末な争いにおける感情や行動を、もしも完全に「許す」ことがいつも出来ていたなら、些細なすれ違いや思考の相違における苦痛や困惑を、もしも完全に「許す」ことが日常で、労せず出来ていたなら、そのある二人は離れない。それはどう考えても、誠実だ。

 果たして今言う愛情の中での「許す」ということは、意識的に出来うるものなのだろうか。それとも、無意識に運命的に成り立つものなのだろうか。僕にも、そんなことは分からない。ただ確実に言えることは、「許す」ことが存在しない愛情は、続くはずがない、というよりはそれは愛情とは言わない、ということだ。もちろん、僕自身の考え方にとって、確実に言える、というだけに過ぎないが。

 「許す」ということは、口で言うほど簡単なことではない。それは信じるとか、誓うとか、守るとか、そんなこと達とは比較にならないほど、難しい。なぜなら、「許す」ということの中に、それら総てが内包されているからだ。究極の愛情表現に、他ならない。

 それは、奇跡と言い換えることも、出来るのかもしれない。僕は、そう思う。

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 主観だけれど、あとがき。

 僕は今、ある人に対して、何処まで「許す」ことが出来るのか、最大限に悩んでいる状態にある。それは正確に言うと、そのある人をというわけではなく、ある人に接している自分自身を許すのかどうか、ということだ。

 僕は本当に、弱く、浅はかで、わがままで、愚かで、幼い。でもそんな僕にだって、こんな冷ややかなブログを書いている僕にだって、感情はある。自分では理解できないくらいに、どうしようもない感情がある。

 その感情が、僕の考えうるようなものに該当するのか、あるいはそうなるのか。大きな問題だ。瀬戸際にいる。それは僕一人の問題ではないけれど、僕が放棄していい問題でもない。

 僕は僕なりに、ここしばらくのうちに、一定の方向性を定めた。そのままその方向性に流れるかもしれないし、奇跡的にそうでないことも起こりうるかもしれない。それもやはり、僕には分からない。

 僕が本当はどちらを望んでいるのかは、明らかだ。幸せに勝るものは、ない。しかし、その可能性は極めて低い。誰かが助けてくれたなら、などとも思う。でも、そうはいかないことは、分かっている。     circus

2007年1月10日 (水)

その絵は別段特別なものではなかった。ピカソとかゴーギャンとかマティスとかロスコとか、そういういわゆる有名画家が描いたものではなかった。恐らくは、しがない、まだ売れない、あるいはこのまま大成はしないかも知れないような、若い現代美術家が描いたものだった。

 その絵を見ながら、君は泣いていた。

 絵のタイトルは書かれていなかった。美術館の都合上、壁にナンバーがふられ、タイトルの部分には「無題」と記されていた。一瞬、「無題」というのがタイトルのようにも思えたが、他のいかなる作品にも、「孤独の表層」「摘み取られた自意識」「現実妄想的理性」といったように、何かしらの複雑なものが付いていたから、まだタイトルを決めあぐねていたか、もしくはある意味で、未完成だったのかもしれなかった。美術館におけるナンバーは二十七だった。特にそれはいい順番でも悪い順番でもなかった。でもその絵の前には、休憩用のちょっとした長椅子が置かれていた。座り心地は幾分固かったが、僕らには十分だった。僕らはそれに腰掛けながら、この絵を見た。

 君はただただ泣いていた。声を上げることも、顔を顰めることも無く。

 それはパッと見る限りでは、単なる黒いキャンバスだった。大きさだってさして大きくもなく、かといって眼を引くほどに小さいわけでもなかった。けれど僕らは、確かにその絵にたまらなく魅かれた。僕は君のように涙を流したりはしなかったけれど。その絵は、実はよく見ると単なる黒ではないことに気づく。全体は黒でも、左隅と右隅ではかすかに明度が異なり、上辺と下辺では厚みが異なり、そして全体の中でタッチが二変三変していた。また黒い空間の中心に、とても小さい、それこそ針の穴の大きさのような赤い点が、一つだけあった。それは僕が今までに見た、どんな赤よりも深く強い赤で、どんな点よりも完璧な点であった。君にそれが何に見えたかはわからないが、僕にはそれは、心臓のように見えた。静かにのたうつ鼓動。それが僕の中にまるで、響いてくるように感じた。僕の鼓動と同期し、ともに動く錯覚にとらわれた。とはいえ、それはあくまで僕のイメージ、概念に過ぎなかったのではないかと思う。

君はいつまでも泣いていた。静かに、美しく。

僕らはこの絵がある間、何度も美術館を訪れた。おそらく一月ちょっとの間だっただろうが、僕らは毎日のように美術館を訪れた。見飽きた受付で慣れたようにチケットを買い、冷ややかな態度の入り口を越えて、数ある理解の難しい絵の前を通り過ぎ、いつも「無題」の前で座り込んだ。そして君は涙を流し、僕はその横でじっと絵と君とを見ていた。それはほんの数分で終わることもあったし、朝一番から美術館の終了時刻までそうしていたこともあった。僕は、自分から終わりを告げようと思ったことは無かった。なぜなら、僕自身も勿論絵が気に入っていたわけだし、また、君が見ていたいのならば、そうすべきだと思ったからだ。行動になにかの意味があるのではなく、なにかの意味が行動を起こさせていると思ったからだ。君には絵を見て涙を流す必要があり、僕にはそれを最後まで見守る必然があったのだ。少なくとも、当時の僕にとっては。

君はそのまま泣いていた。拭いはせず、滴らせるままで。

僕はどうして涙を流しているのか、君に何度か尋ねた。そのときの君の返事はまちまちだった。最初に尋ねたときは、君は首を横に振るだけだった。次に尋ねたときは、「わからないわ」と答えた。いつだったかに尋ねたときは、「意味なんて、見つけられないものよ」と答えた。何度尋ねても、なかなかに納得できるような返事が返っては来なかった。そのうちに僕は尋ねるのをやめた。「別にかまわない」、と思った。僕が君の全てを知ることなど出来るはずはないし、出来てどうということでもない。それはやはり、君にとっても同じことだった。僕はただ、君を受け入れようとした。何がそこにあろうと、何がそこに無かろうと、とにかく僕は、君の何もかもを受け入れる覚悟があった。それが正しかろうと、そうでなかろうと。だから僕は、君が涙を流すのを止めようとはしなかった。僕は何故そんな風に考えるのか、自分に尋ねてみた。思ったとおり、何もわからなかった。僕は反芻した。「意味なんて見つけられないものだ。」

君はどうしようもなく泣いていた。どうしようもなく、滑らかに。

つまり僕らは、とにかくその絵のためだけに、足しげく美術館を訪れた。

そしてふいのある日、その絵は美術館から姿を消した。けれど、僕らはそれからもしばらくは美術館を訪れた。はっきり言って、何を見るでもなかった。時々、幾つかの絵の前で立ち止まり眺めることはあったが、それはあくまでも形式上のものに過ぎず、僕らの目の前にはきっと何一つ映ってはいなく、いわば歩き続けた際の反動とも言うべき絶対なる休憩であった。そうして僕らは歩き回り、美術館を出た。その繰り返しだった。ならば、何故美術館を訪れたのだろう。絵はもうそこに無かったのに。しかし、僕らはそうすることが適切だった。そうしなければならなかった。もうここにあの絵はないのだ、という確固たる現実と、もうここで涙は流さなくてよいのだ、という漠然とした真実を、しっかりと受け止め、飲み込み、消化する時間が不可欠だった。リハビリのようなものかもしれない。僕らのどちらが言ったことではなく、自然と、僕らのどちらもが望んだことだったように思う。そう、仕方が無いことだったのだ。多分、きっと。

君は変わりなく泣いていた。ただし、僕の記憶の中で。

そうして一月ほど経った時、君は美術館を出た後で、「今日で最後ね……」と突然言った。僕はためらいなく頷いた。絵が無くなってからもう十分に時は経っていたし、何よりも君が最後だというのなら、それが最後であるという証にままならなかった。僕らはそれから振り返ることなく家に帰り、いつもよりも少し多めの夕食をとり、いつもより念入りに湯につかり、そしていつもよりも早い時間に眠りについた。

次の日の朝、目を覚ますと君はどこにもいなかった。

今度は絵でなく、君が消えた。

君が、去った。

溜まっていた涙が、流れた。

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 現実であるかそうでないかは、どうでもいいことだ。でも僕は、この文章がそこはかとなく気に入っている。

 この文章は、僕がある形式でまとめてある、いわば超短編をとりまとめた短編小説のような、13の文章のかたまりの中の1つだ。これが始めでもなければ、終わりでもない。しかしその13の文章は、それぞれがある意味で独立した状態で成立ちうるものだ。

 本来なら、13あるものを最初から書いていくべきところなのだが、今はまだ、その時期ではない。それ相応の時期が訪れたならば、その際にはきちんと順番に、ここに書いてみたい。

 それなのに、この文章だけここに括り出して書いたのは、あるいは僕が今、涙を流したくなるような感情の種を抱えていて、その今の僕の代わりに、この文章の中の僕に涙を流して欲しかったのかもしれない。

 記憶は時に優しくもあり、残酷でもある。人間がどれほどに忘れゆく生きものだとしても、総てを忘れることは出来ないし、そんなことは望みたくもない。ただただ僕が望むことと言えば、「今という記憶を、出来うるならば暖かい記憶にしたい」ということだ。

 そうだ、僕はもっと、美術館に行かなければならない。     circus

 

2006年7月29日 (土)

準備

 ものごとには様々な順序がある。美術館を巡るにしても、洋服を作り上げるにしても、誰かと触れ合うにしても。人によってそれ相応に違いはあれど、ある程度の順序が存在する。しかし世の中ではどうしてか、順序は得てして良い評価は受けない。もちろん、それこそ人によってそれ相応の違いはあるけれど、順序を無視した形に、現代では良い評価がつく。

 特に感情の面を捉えると、顕著となる。殊に感動という状態に関しては、さらに顕著となる。世の中では、感動というものは極めて受動的で、極めて唐突に訪れて、極めて高尚であるものだと思われている。確かにそういう側面が見えることは、僕だって同意している。しかし、果たして感動とはそんなに「能動的ではない」ものなのだろうか。

 僕は感動とは大きく、大まかに、大雑把に言って二種類あると思っている。一つは世間が言う、受動的で唐突で高尚な感動。これを受動感動と僕の中では位置づける。そしてもう一つが、能動的で順序じみていて高尚な感動。同じようにこちらも能動感動と位置づける。どちらもとても素晴らしいものだと、僕は思っているけれど、僕は特に能動感動をもっと、現代の人間は行うべきだと思っている。

 能動感動について言うと、それは日常的な感動とでも言えるかもしれない。あるいは、順序的感動とも言えるかもしれない。とにかく僕はその感動が好きだ。感動に対してのみならず、様々なことにおいて能動的、そして順序的なことが大切だと思っている。

 例えば、美術館に行くとする。それは自分の意思であったり、他人によって無理強いされてるものもあるだろう。そして、僕達は多くの絵を目にする。多くの作品を目にする。そこで僕達は何を思うのだろう。

 その時々によって、想いは異なる。感動する者もいれば、くだらないと一蹴する者もいる。中には何も感じない者もいる。僕はまだそれほど年も経験も重ねているわけではないが、そんな若僧の目からしても、現代の人々は「何も感じない」者が多すぎる気がする。そして、そういう者に限って、対象物に対して愚痴を垂れる。その日目にした対象物が悪いと論をかます。……捻じ曲がっていると僕は感じる。

 感動をする者もそれなりにいる。僕はその感動を否定する気なんて毛頭ないし、むしろその感動は素晴らしいとも思う。最高だと思う。ただ僕は、それが受動感動だけではないことを望む。

 わけも分からず理由も分からず、タイミングも時間も知れず、ある作品に出会って、急に唐突に感動を覚える。オーラが波のように体に流れ、思想が稲妻の如く駆け巡り、滝のように怒涛の涙が流れる。金槌で脳天を叩かれるような衝撃が走り、皮膚が分解されるように引き裂かれ、自我が新たな脱皮を遂げる。そういうことは、人間においても人生においても、そうそう起こることではないにせよ必ず起こるもので、必要なもので、多くの面で成長するには大切だとは思う。しかし、それだけを待ち望むことはナンセンスで、それだけで成長を遂げたり、そのきっかけを得ようとするのは、不可解でならない。

 僕は作品などを見る際、感動の準備をしている。何かに感動し、何かを得ようと思いながら、作品を見る。その心づもりで作品に触れ感じる。その結果、生じるものがアンチテーゼな感情であっても、受動感動に近いほどの衝撃であっても構わない。それでも、とにかく何かを感じようとする。それによって成長やきっかけを得ようとする。それが大切だと僕は感じている。

 なにも感動だけに限った話ではない。時に、多くの感情には準備が必要なのではないかと僕は思う。いつもいつも、準備をしていることは現実的に馬鹿げているとしても、時によりそのような態度を示すことは、必要なのではないだろうか。泣くことに対して、号泣する準備をしておく。喜ぶことに対して、歓喜の準備をしておく。怒ることに対して準備が必要かは、少々難儀な問題ではあるけれど、少なくとも「泣く」、「喜ぶ」、そして「感動する」のには準備をする意味があるのではないだろうか。

 準備をしていたとしても、能動的な構えを取っていたとしても、受動的なものは訪れる。つまりそれは、否応なく訪れる類のものだからだ。だから能動的な構えだからといって、受動がおろそかになることは断じて無い。もし、おろそかになって訪れなくなるような感動や涙、歓喜なのだとしたら、そんなものはそもそも意味があるとは僕には到底思えない。人生や僕達を左右するような感情は、いかなる膜に覆われていようとも突き破ってくる。

 だからこそ、僕は出来うる限り能動な構えで物事を捉えることを、推奨する。どちらにしたって受動感動は訪れるのだから、他の場合や時間においては、少しでも多くを手にするために能動的構えでいたい。

 能動的という言葉は、意識という言葉に置き換えることも出来る。意識をする。これは簡単なようで、なかなかしないことが多い。例えば「この本は筆者だけでなく、編者、担当、会社、印刷業者、その担当、その会社、もっと多くの人が関係していることを意識する」、「この作物には人だけでなく、土、微生物、天候、環境、もっと大きなものが関係していることを意識する」、「この絵には、僕を動かす何かがあるかもしれない、と意識する」。そういうことだ。

 能動感動、意識、表現の仕方は重要ではない。重要なのはその中心だ。その中心にある、思考であり態度だ。準備をするというのは、つまりその思考の準備をすることに違いない。ここまできて、一つ最後に注意したいのが、「準備をするだけで終わる」ことのないようにしたい、というところであろう。

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 ごちゃごちゃで、途切れ途切れな文章になってしまったけれど、一貫している文章になったことは良かったと思える。

 主観のトピックに対してはあとがきは書きたくないのだが、今回は例外。あまりにも伝えることが難しくて、文章がぐちゃぐちゃだからだ。

 なので、気が向いた方は何度か読んでいただきたい、あくまで気が向けば。そして自分なりに噛み砕いて、飲み込んで、消化してみてほしい。たまには、そう思う。     circus

2006年4月12日 (水)

 目の前に、どうしても砕くことが出来ないし、越えることも出来ない壁があったとする。そうした現実において、僕らはどうするか。それは空想のハードルだとか、そういうものではなく、恐ろしくも完全な現実的な壁だ。さて、どうするか。

 安部公房の『壁』の序文において、石川淳は言った。かのドストエフスキーが、ある種の答えを示唆し、提示した、と。―壁があったら、何もぶつかることは無い、そこで曲がればよい―、「なるほど、その通りだ」と僕は思う。何も壁にしたがって、目を回してやる必要も、途方にくれる必要もない。まして壁に媚びへつらい、頭を悩ます必要もない。そこで曲がればいい。それは現実的にも、空想的にも、だ。

 正しいとも思う。物事や世界は直線ばかりではない。無作為に広がる空間であり、二次元でも、画一的に創られた三次元でもないのだ。だから、曲がればいい。先には、何かがあるはずだ。たとえ、もう一度壁があったとしても、また曲がればいい。それを、繰り返せばいい。

 そして石川淳は、同じく序文の中において、言った。安部公房の壁に対する答えは、―壁に画をかけばいい―ということだと。そう「魔法のチョーク」におけるアルゴンくんのように、壁に画をかけばいい。それも、絶望的な画を。再び、僕は思う。「なるほど、その通りだ」。

 壁に絶望的な画を書くことで、僕らは何かを得て、何かを失う。しかし、それは簡単なことではない。決して、ドストエフスキーが示唆したような、そういった類の答えではないと思う。けれども、不可能なことではない。それは確かに可能なことだし、誰しもに出来うる可能性があることだ。壁に画をかけばいい。数々の何かを得て、数々の何かを失えばいい。えてして、失うモノの方が大きく、多く、衝撃的だとしても。

 僕は、まだそういう意味で言うならば、画をかいている最中であろう。……否、まだ構図すら決まってはいないかもしれない。けれど、チョークは持っている。アルゴンくんのチョークのように、素晴らしく官能的なものではないにせよ、僕なりのチョークは持っている。今は、それでいい。物事には順序と、それをなすべきタイミングがある。

 また、石川淳の序文はそこで閉じているが、安部公房は『壁』の「S・カルマ氏の犯罪」で、更なる飛躍を示した。―僕自身が壁になればいい、いや、なるものなのだ―ということ。これは、難しい。僕は果たして、現実的な壁になりうるのだろうか、空想的な壁にはもちろん成りえるとしても。ある種の、思想的飛躍、思考的跳躍が必要となる。現実の壁、そのものを捉えなおす必要が生じる。……しかし、僕が思うのはそれとは関係が無い。壁になるという答えに、幾分のシンパシーや思いかげぬノスタルジー、そして激しいインスパイアは受けるけれど。

 僕は、どう思うか。僕は、壁にどのような答えを示すか。……僕は、思う。

 ―壁があるなら、大声で叫べばいい。壁にも世界にも僕にも響くほどに。そして笑えばいい、泣けばいい、怒ればいい、唄えばいい。そしてやはり、大声で叫べばいい―

 それが僕の在り方で、やり方だ。それで何かが変わり、何かが動き、何かを得て、何かを失ったりしないのであれば、もう仕方がない。僕は特別に良い人間ではないけれど、悪い人間ではないし、ずば抜けて優秀な人間ではないけれど、それなりにまともな人間だ。だから、それでどうしようもないならば、仕方があるまい。諦める。悪くはない。やるせないほどにフェアだし、呆れるほどにロックだ。

 では、どれが良いのであろう。ドストエフスキーか、石川淳か、安部公房か、僕か。

 比べるものではないかもしれない。でも、どれをもを選べるものでもないに違いない。良いなどという評価は、ふさわしくないかもしれない。けれど、選ぶのならば、やはり僕だ。

 みながそうするべきとは思わない。それぞれが自分なりの壁があり、自分なりの捉え方がある。ただ、曲がってみるのも、画をかいてみるのも、なってみるのも一興であるし、叫んでみるのもまた一興であろうということだ。理解されなくともシックに、大げさにもポップに。

 だから僕は叫び、笑い、泣き、怒り、唄い、また叫ぶ。ずっと昔も、昨日も、今日も、明日も、はるか先も。

 

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