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2007年12月 1日 (土)

ファインダー

 「シャッターをね、下ろす瞬間が、たまらないんだ」

 君は黙々と様々な方向にカメラを向けながら、嬉々として言う。君がファインダー越しに覗いている景色は、僕には正確には分かる筈もないのだけれど、その世界を想像してしまう。否、想像せずにはいられない。そうしないことには、僕はこの空気を楽しむことが出来るわけがない。

 「重いような、軽いような、なんとも言えない音がね。そしてシャッターボタンの感触も」

 僕もカメラは人並み以上に好きだし、色々な自論も持っているから、君の言う感覚は掴める。というよりも、確かに君のいうそれは、カメラの魅力の大きな一つ、それも中枢にある部分の一つと言っても過言ではない気がする。

 例えばシャッターボタンを押す瞬間、その感触がまるで豆腐に指を突っ込むような感触だとしたら。あるいは、シャッターが下りる瞬間、その音がまるでαゲルに卵を落としたような音だとしたら。きっと世の中のカメラに対する流れは革命的に違っていたかもしれないし、その結果としての写真も決定的に違っていたかもしれない。世界に溢れる素晴らしい写真の数々は、生まれなかったのかもしれない。

 「撮っている間は、出来上がりが上手くいくのかどうかなんて、気にしないんだ。気にし始めると、二度とシャッターが切れなくなるから。だってそうでしょう? 毎度毎度自分の思い通りの写真を撮れる人間なんていないし、そんな撮り方をしていたら自分の想像以上の写真が撮れなくなってしまう。それほどつまらないことは、ないよね。目の前に広がっている世界は、ファインダーの先には、私達の想像よりも遥かに深くて美しくて、どこか闇を抱えていて、ああだこうだって複雑なものなんだから」

 基本的にフィルムカメラしか、使わない。君はデジタルカメラも持ってはいるけれど、それはデジタルカメラが使いたいからでは、ない。デジタルカメラを体験し、知っておくことで、フィルムカメラに対する姿勢や想い、その強さを自ら再認識し、受け入れ、現実的に力を注ぐことが出来るからだ。僕は、君からデジタル仕様の写真を見せてもらったことなんて、一度たりともない。それが、何よりの証拠だ。

 でも、僕は不思議に思う。デジタルは明らかに便利だし、現代ではクオリティも非常に上がっている。もちろん色合いの深みや、出てくる像の温かみなどはフィルムとは異なるし、どうしても無機質な雰囲気が漂ってしまうのはあるけれど、それを補って余りあるポテンシャルは持ちえているはずだ。ましてや、シャッターを下ろす段階においては、もはやフィルムと大差がないものだって、ある。

 「カメラが好きな人ってね、二種類いると思うんだ。カメラ自体が好きで、『写真を撮っている』という行為に最大の魅力を見出す人。それと、もちろんカメラ自体も撮る行為も好きだけれど、何よりもカメラを通した世界、写真を通した世界に最大の魅力を見出す人」

 どう考えても、君は後者だ。そして僕は「自分がカメラを使う前提において」は前者だ。僕は自分自身がカメラを構える際は、何故かそうなってしまう。世界を楽しむことよりも、シャッターを下ろすことそのものに楽しさを強く感じてしまう。それが、悪いというのではない。ただ、君とのベクトルが異なるというだけだ。しかしながら、それは表層的に悪くはないけれど、本質的には良くもない。

 『撮っているという行為』を楽しむ段階においては、フィルムもデジタルも関係はない。むしろ、デジタルの方が手間がかからないし、いくらでも撮ることが出来るし、申し分ない。シャッター音だって、酷くはない。かといって、僕もデジタルを使っているわけではないのだけれど。

 「どっちが良いとか、そういう問題じゃあないよね。でも私は、世界が見たいんだ」

 僕が君と同じファインダーを持っていたら、どれだけ素敵なことだろうと、想う。でもそんなことは下らない希望的観測、若しくは出来損ないの空想に過ぎない。

 「ありがとう、ごめんね」

 僕は紐のぶら下がったポラロイド690を取る。両手でそのカメラを握り締める。ゆっくりとファインダー越しに世界を覗く。その世界には、誰もいない。君もいない。左手で対象を定める。右手でシャッターボタンを覆う。

 下ろす。

 確かな今が、映し出される。

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 現実を言えば、デジタルカメラもフィルムカメラも、ポラロイドカメラも、僕は大好きだ。デジタルにはデジタルの趣があり、フィルムも然り。

 そのどれもに共通して言えることは、それは「今」を映そうとしているということだと、僕は思う。

 写真は、その「今」の切り取りであり、いわば「今」を切り取る際の副産物と言っても良い。

 今の僕のファインダーの先には、あまり良い風景は映っていないのかもしれない。

 でもそれは、変わる風景だ。流動的な、風景。

 カメラは、総てを映し出せる。     circus

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