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2007年4月15日 (日)

日常

 天気予報は一日を通して雨を僕らに呼びかけていたけれど、結果としてはあくまで予報でしかなく、僕らにはほのかに暖かくいかにも春を喚起させる陽射しが、淀むことなく降り注いでいる。もし天気予報がもっと厳粛なもので、あるいは社会権利的なものだとしたら、この予報と現実のあまりの違いは罰せられるところかもしれない。でも、そんなことはどうでもいいことだろう。今、この瞬間が気持ち良いということを僕らは素直に享受すればいいのだ。難しいことは何一つとしてない。

 僕らは歩く。いつもの通りはいつの間にか、姿を少しずつ変える。昔は本当にしゃれっ気もなにもなく、でもどこか雰囲気が素敵な大通りで。今が果たしてそういう雰囲気を持たなくなったとは言わないけれど、少なくともより現代的な空気を纏わせるようになっている。考えようによっては、昔は昔なりの社会や世界の空気を纏っていて、それが単に現代の変化によって流動的に変化しているだけなのかもしれない。良いことなのかは判断は難しい。僕は今でもこの通りが、なんだかんだで好きだけれど。

 コンビニエンスストアもある。その隣にちょっとボロボロになった喫茶店もある。すごくナチュラルで爽やかな花屋もある。その向かいにはずば抜けてセンスの優れた雑貨屋もある。フレッシュな香りとまろやかな香りを常に吐き出すパスタ店もある。その向こうには変わらぬ味をずっと提供してくれている和菓子屋もある。鮮やかな緑を残すゆるやかな公園もある。裏側には風情に溢れた坂道もある。車がほとんど通らずに静かな交差点もある。先には急に輝きの増した信号機もある。

 この通りにはいろいろなものがひしめき合っている。それでもそれぞれの間隔が適切で、息が詰まることなく喜びの空間を創り出している。ある人にとっては退屈な光景かもしれない。無論、僕にとってはどこのどんな通りよりも馴染む場所なのだけれど。新宿にも渋谷にも、横浜にも二子玉川にも、浅草にも麻布にもこんな通りはないのだ。何処にでもありそうで、何処にもない通り。

 「優しい場所だね」

 君は駆け出す。僕はその後ろ姿にどうしようもない愛しさを感じる。とても無邪気に正直な君に、自然と頬が綻ぶ。僕は二重の意味で嬉しい。まずは君がこの通りを嘘偽り無く気に入ってくれて、褒めてくれたということ。そしてもう一つは、何よりも君が笑っていてくれているということだ。前者の嬉しさを1とすると、後者の嬉しさが10や20、それ以上なのは当然なことだ。

 「僕もそう思う」

 ゆっくりと歩を進めて君を追う。急ぐ必要なんてない。僕らは同じ時間で生きている。決して互いに早すぎることも遅すぎることも無い時間。歩幅やペースが異なりはすれども、僕らは同じ時間の枠組みで生きている。そしてそれを僕らは分かっている。時速一時間。なんてことないことかもしれない。でも、僕らにしてみればそれを理解して生きることによって、絶対なる安心感と甘えのない信頼を持ち合っている。

 この通りは季節がはっきりとしている。今は春だ。春にはそこらの木に桜が咲き散るし、陽射しを妨げるような無駄なコンクリートは存在しない。夏には満足できるほどの暑さも襲えば、回避するための日陰は充実している。秋には桜の部分とはまた別の区画で優雅な紅葉を楽しめるし、時には落ち葉で焼き芋を焼いたりもする。冬にはそこそこ雪が降り積もり、肌をつんざく確かな鋭さを空気は保っている。

 「でもまだ、こんなもんじゃないんだ」

 僕はこれからも君と、この通りを歩きたいと思う。アイスを片手に汗をかくのもいいだろう。木の葉を踏みしめ写真を撮るものいいだろう。互いに手を暖め合いイチゴドロップを食べるのもいいだろう。そしてまた、こうして駆ける君を僕が見つめる。ずっと、そうあればいいと思う。

 「こんなもんじゃないのが、日常になるの」

 君は何気なく僕に促す。なんて素敵な言葉だろうと感嘆に暮れる。君の言葉の一つ一つが、僕の心には強く刻まれる。複雑な表現など全くしない。どれもが、真っ直ぐな言葉達だ。今も既に、新しく僕の心には君の言葉のスペースが誕生している。

 忘れ行くものが人間だと言うセリフを小説で読んだ。脳科学で見れば、人間の使える記憶のキャパシティは微々たるもので、日に日に減少し、つまりは一つを残すためにはまた何かを一つ失くさなければならないらしい。理論的にはそうかもしれない。僕も随分と多くのことを失くしてきた気がする。間違ってはいないのだろう。

 ならば僕は、失くしたくない記憶を失くさずにいられるのだろうか。君と買ったヴィッテルの重み。君と飲んだコーヒーの酸味。君と見た百合の色。君と語り合った革小物の刻印。君と探ったトマトソースの甘み。君と食べた豆大福の塩加減。君と肩を並べた古ぼけたベンチ。君と後ろ向きに遊んだアスファルト。君と寝転がろうとした広さ。君と指差した赤と緑。

 たぶん、忘れてしまうこともあるのだろう。失くしたくない記憶ほど、失くした時に気がつかないものだ。僕らはその分、また新しく記憶を創っているのだ、きっと。そう考えると「失くさずにいられるのだろうか」という漠然とした不安も、にじり寄ってくる恐れも、全部氷解してくれる。

 でも、今日の言葉は絶対に失くさないようにしたいと思う。その記憶を日常にしていきたいのだ。こんなもんじゃないのを日常にしてみたいのだ。

 「そろそろ、帰ろう」

 僕は意を決して言う。この時間がずっと続けばいいとは思う。このまま留まり続けることも出来ると思う。でも、そんな必要はないのだ。同じ時間を生きていてゆっくりと君に追いついたように、僕らはこれからもっと多くの時をこの通りで過ごすことが出来るし、そうすべきだからだ。焦らなくてもいい。

 もう陽射しは弱くなり、太陽は隠れつつある。

 「春だけど、まだ、寒いこともあるね」

 そっと僕の左手を握る。ふっとぬくもりが僕全体に染み渡る。ぎゅっと胸が締め付けられる。

 「確かに」

 左手に少しだけ力を込める。微かにでも想いが伝わるように。

 「うん」

 僕は、君が、好きだ。

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 何を書きたいと思ったのか、自分でもよく分からない。でもこの文章の空気はすごく良いと自分でも思う。

 もしかしたら、こんな風な日常を僕は望んでいるのかもしれない。たぶん、そうだと思う。今がそうじゃないとは、限らないけれど。

 以前僕はあとがきに、「書いている時の心理状況がそのまま文章になることはない。多少の影響はあるけれど」みたいなことを書いたように思うけれど、今回の文章はいわゆるその影響がもの凄く強く出ているように思う。

 通りのイメージは実際にある通りを思い浮かべながら書いた。君のイメージも実際に存在する人を思い浮かべながら書いた。

 とても、幸せな文章だと思う。     circus

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