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2007年2月 6日 (火)

予感―Cにとって―

「あしたには何があるんですか?」

 突然、僕に小さな子どもが話しかけてきた。どう見ても十そこそこの小学生にしか見えなかった。そんな子どもが一体、僕に何のようだというのだろう。その上、「あしたには何があるか」だって? まったくよくわからない。そんな事がどうだというのだろう。けれど、いかにとぼけたものとはいえ、子どもは流石に無視できない。とりあえず答えなければならないと思った。だから、「知らない」と、僕はただそれだけを子どもに言った。僕は子どもに何かを教えられるほど、大人じゃない。

「あしたとは何かね?」

 今度は、いかにも紳士的な老人が話しかけてきた。しかし、どういうことなのだろう。「何があるか」の次は、「何か」だと言う。こんなに博識そうな老人に聞かれて、僕はどう答えるべきなのだろう。そもそも、この老人が知らずに僕が知っていて、僕がこの老人に対して伝えられることなど、果たしてあるのだろうか。そんな風にも思ったが、やはり何も答えないのは、紳士的に失礼に当たると思った。だから、「よくわかりません」と、僕はごく控えめに言った。僕は老人を諭せるほど、立派なもんじゃない。

「あしたは何処にあるの?」

本当に疲れる日だ。またもや「あした」について話しかけられた。それも今度は、明らかにお嬢様のような女だ。「何処」だって? さすがお嬢様だ、洒落ているよ。時系列に空間を取り入れてきた。お嬢様なら、別に何を知らなくとも生きていけるだろうに、不自由など何一つ無いはずだ。そんな人が、いまさら「あした」に何故興味があると言うのだろう。しかし、答えないわけにはいかない。これはもう性格だろうと思った。だから、「難しいですね」と、僕は優しげに言った。僕はお嬢様に意見できるほど、余裕などない。

「あしたはいつ訪れるのでしょう?」

 もう、驚くことは無かった。慣れてしまった。さりげなく手に取った雑誌の、モノクロページの見開きに、でかでかとこの言葉だけが主張していた。これは、僕に対しての問いではなかったのかもしれない。ところが、僕はその文字に見入った。間違いなく僕には、文字の声と呼ぶべきものが聞こえた。無論、勝手な思い込みに過ぎないだろうが。そうとも、声に出さずとも、答えねばならないと強く思った。だから、「今ではありませんよ、恐らくは」と、僕は雑誌に書き込んだ。僕は文字を納得させられるほど、賢くはない。

「あしたは誰のものですか?」、「あしたは何のためにありますか?」、「あしたは触れるかね?」、「あしたは現実なのか?」、「あしたに終わるのだろうか?」、「あしたは…………

 僕は結局、相当な数の人やモノからに対する問いに答え続けた。もちろん、どれとて大した答えではなかったけれど。それでも僕は、僕なりにしっかりと考えたつもりだ。たとえ、答えたそれがどうしようもないものだったとしても、それは当たり前のことだろう。

 僕は「あした」について何かわかるほど、優れた人間ではないのだ。金も無いし、名誉も無い。才能もないし、根性も無い。知識も無ければ、体力も無い。特技も無いし、趣味だって無い。他にも無いものだったら溢れている。結局、僕には何も無いのだ。強いてあるというのなら、それは僕という自意識と、この体だけかもしれない。

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 さらに続き。これが「予感」の三回目の更新。次の更新で、「予感」は終わる。一つ一つの話は随分と色が違うけれど、総ては予感で繋がっている。

 とにかく、総てを書き終えたら、もう少し語りたい。     circus

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