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2007年1月10日 (水)

その絵は別段特別なものではなかった。ピカソとかゴーギャンとかマティスとかロスコとか、そういういわゆる有名画家が描いたものではなかった。恐らくは、しがない、まだ売れない、あるいはこのまま大成はしないかも知れないような、若い現代美術家が描いたものだった。

 その絵を見ながら、君は泣いていた。

 絵のタイトルは書かれていなかった。美術館の都合上、壁にナンバーがふられ、タイトルの部分には「無題」と記されていた。一瞬、「無題」というのがタイトルのようにも思えたが、他のいかなる作品にも、「孤独の表層」「摘み取られた自意識」「現実妄想的理性」といったように、何かしらの複雑なものが付いていたから、まだタイトルを決めあぐねていたか、もしくはある意味で、未完成だったのかもしれなかった。美術館におけるナンバーは二十七だった。特にそれはいい順番でも悪い順番でもなかった。でもその絵の前には、休憩用のちょっとした長椅子が置かれていた。座り心地は幾分固かったが、僕らには十分だった。僕らはそれに腰掛けながら、この絵を見た。

 君はただただ泣いていた。声を上げることも、顔を顰めることも無く。

 それはパッと見る限りでは、単なる黒いキャンバスだった。大きさだってさして大きくもなく、かといって眼を引くほどに小さいわけでもなかった。けれど僕らは、確かにその絵にたまらなく魅かれた。僕は君のように涙を流したりはしなかったけれど。その絵は、実はよく見ると単なる黒ではないことに気づく。全体は黒でも、左隅と右隅ではかすかに明度が異なり、上辺と下辺では厚みが異なり、そして全体の中でタッチが二変三変していた。また黒い空間の中心に、とても小さい、それこそ針の穴の大きさのような赤い点が、一つだけあった。それは僕が今までに見た、どんな赤よりも深く強い赤で、どんな点よりも完璧な点であった。君にそれが何に見えたかはわからないが、僕にはそれは、心臓のように見えた。静かにのたうつ鼓動。それが僕の中にまるで、響いてくるように感じた。僕の鼓動と同期し、ともに動く錯覚にとらわれた。とはいえ、それはあくまで僕のイメージ、概念に過ぎなかったのではないかと思う。

君はいつまでも泣いていた。静かに、美しく。

僕らはこの絵がある間、何度も美術館を訪れた。おそらく一月ちょっとの間だっただろうが、僕らは毎日のように美術館を訪れた。見飽きた受付で慣れたようにチケットを買い、冷ややかな態度の入り口を越えて、数ある理解の難しい絵の前を通り過ぎ、いつも「無題」の前で座り込んだ。そして君は涙を流し、僕はその横でじっと絵と君とを見ていた。それはほんの数分で終わることもあったし、朝一番から美術館の終了時刻までそうしていたこともあった。僕は、自分から終わりを告げようと思ったことは無かった。なぜなら、僕自身も勿論絵が気に入っていたわけだし、また、君が見ていたいのならば、そうすべきだと思ったからだ。行動になにかの意味があるのではなく、なにかの意味が行動を起こさせていると思ったからだ。君には絵を見て涙を流す必要があり、僕にはそれを最後まで見守る必然があったのだ。少なくとも、当時の僕にとっては。

君はそのまま泣いていた。拭いはせず、滴らせるままで。

僕はどうして涙を流しているのか、君に何度か尋ねた。そのときの君の返事はまちまちだった。最初に尋ねたときは、君は首を横に振るだけだった。次に尋ねたときは、「わからないわ」と答えた。いつだったかに尋ねたときは、「意味なんて、見つけられないものよ」と答えた。何度尋ねても、なかなかに納得できるような返事が返っては来なかった。そのうちに僕は尋ねるのをやめた。「別にかまわない」、と思った。僕が君の全てを知ることなど出来るはずはないし、出来てどうということでもない。それはやはり、君にとっても同じことだった。僕はただ、君を受け入れようとした。何がそこにあろうと、何がそこに無かろうと、とにかく僕は、君の何もかもを受け入れる覚悟があった。それが正しかろうと、そうでなかろうと。だから僕は、君が涙を流すのを止めようとはしなかった。僕は何故そんな風に考えるのか、自分に尋ねてみた。思ったとおり、何もわからなかった。僕は反芻した。「意味なんて見つけられないものだ。」

君はどうしようもなく泣いていた。どうしようもなく、滑らかに。

つまり僕らは、とにかくその絵のためだけに、足しげく美術館を訪れた。

そしてふいのある日、その絵は美術館から姿を消した。けれど、僕らはそれからもしばらくは美術館を訪れた。はっきり言って、何を見るでもなかった。時々、幾つかの絵の前で立ち止まり眺めることはあったが、それはあくまでも形式上のものに過ぎず、僕らの目の前にはきっと何一つ映ってはいなく、いわば歩き続けた際の反動とも言うべき絶対なる休憩であった。そうして僕らは歩き回り、美術館を出た。その繰り返しだった。ならば、何故美術館を訪れたのだろう。絵はもうそこに無かったのに。しかし、僕らはそうすることが適切だった。そうしなければならなかった。もうここにあの絵はないのだ、という確固たる現実と、もうここで涙は流さなくてよいのだ、という漠然とした真実を、しっかりと受け止め、飲み込み、消化する時間が不可欠だった。リハビリのようなものかもしれない。僕らのどちらが言ったことではなく、自然と、僕らのどちらもが望んだことだったように思う。そう、仕方が無いことだったのだ。多分、きっと。

君は変わりなく泣いていた。ただし、僕の記憶の中で。

そうして一月ほど経った時、君は美術館を出た後で、「今日で最後ね……」と突然言った。僕はためらいなく頷いた。絵が無くなってからもう十分に時は経っていたし、何よりも君が最後だというのなら、それが最後であるという証にままならなかった。僕らはそれから振り返ることなく家に帰り、いつもよりも少し多めの夕食をとり、いつもより念入りに湯につかり、そしていつもよりも早い時間に眠りについた。

次の日の朝、目を覚ますと君はどこにもいなかった。

今度は絵でなく、君が消えた。

君が、去った。

溜まっていた涙が、流れた。

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 現実であるかそうでないかは、どうでもいいことだ。でも僕は、この文章がそこはかとなく気に入っている。

 この文章は、僕がある形式でまとめてある、いわば超短編をとりまとめた短編小説のような、13の文章のかたまりの中の1つだ。これが始めでもなければ、終わりでもない。しかしその13の文章は、それぞれがある意味で独立した状態で成立ちうるものだ。

 本来なら、13あるものを最初から書いていくべきところなのだが、今はまだ、その時期ではない。それ相応の時期が訪れたならば、その際にはきちんと順番に、ここに書いてみたい。

 それなのに、この文章だけここに括り出して書いたのは、あるいは僕が今、涙を流したくなるような感情の種を抱えていて、その今の僕の代わりに、この文章の中の僕に涙を流して欲しかったのかもしれない。

 記憶は時に優しくもあり、残酷でもある。人間がどれほどに忘れゆく生きものだとしても、総てを忘れることは出来ないし、そんなことは望みたくもない。ただただ僕が望むことと言えば、「今という記憶を、出来うるならば暖かい記憶にしたい」ということだ。

 そうだ、僕はもっと、美術館に行かなければならない。     circus

 

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