夢を見た。それは限りなくリアルで、果てしなく非現実な夢だった。
*
「さあ!議論を始めよう!」議長が声高に叫び、手を振り上げた。
「何についての議論なのさ?」Aがやる気なさそうに尋ねた。
「無論、あしたについての議論に決まっているじゃあないか」議長は呆れて鼻を鳴らした。
「僕はあまり関わりたくないね」Bが少しだけ震えながら呟いた。
「いや、僕らには議論はともかく、答える義務がある。議長も含めて」Cが冷静に言った。
「そうとも、議論を始めるべきだ」議長は先より更に、声高に叫んだ。
「でも、僕は面倒くさいのはごめんだね」Aはため息混じりに愚痴った。
「うむ、君らはただ答えれば良い。議論は私が進める」議長は誇らしげに周りを見た。
「じゃあ、どうぞ、お好きなように」Aは諦めたように言葉を紡いだ。
「君たちはあしたをどう思うかな?」議長はすぐさま議論を進めた。
「僕は何もわかりませんね、知りもしないし」Cが最も早く発言をした。
「彼女に聞いてくれればいいさ、もういないけれどね」Bは自虐的に答えた。
「これでは議論の元にならん。君はどうかね?」議長はAを指差した。
「オレは楽しければ、何がどうでも知ったこっちゃないよ」Aは静かに首を振った。
「ダメだ、ダメだ! 議論にならん。これでは結論も出ない」議長は怒りうなだれた。
「何か手は無いのかな? 僕は早く帰って眠りたいんだ」Bは他人事のように意見した。
「うむ……、どうしたものか……よし!昨日君を呼んでみようじゃあないか」議長はこれぞ名案と言わんばかりに叫んだ。「昨日君、昨日君! 来たまえ!」
「……はぁ、なんの御用でしょうか?」昨日君は遠慮がちに現れた。
「君はあしたをどう思うかね?」議長は厳かに、かつ力強く問うた。
「そんなこと、僕に聞かれたって……、僕はあくまでも過去ですから、未来であろう、あしたのことなんて何も……」昨日君はまごまごと口篭った。
「そうか……、それも一理はある。けれど、どうしたものか……」議長は頭を抱え込んだ。
「じゃあ、次は現在さんを呼んではいかがでしょう?」Cが悠然と声を放った。
「現在さん、現在さん!おいでってば!」Aが嬉々としながら叫んだ。
「……わたしにも、ついに、とばっちりがきたようね」現在さんはしぶしぶ現れた。
「とばっちりだなんて誤解だな……、それで君はどう?」議長は疲れ気味に息を吐いた。
「わたしに何を望んでいるのかしら、わたしがあしたをわかったら、まるでわたしなんて要らないじゃないの……、まったく嫌だわ……」現在さんは思い切り顔を顰めた。
「うむ、それもそうだな……ああ! ではどうすればいいのだ!」議長は混乱していた。
「なら、あした自身を呼んでみればいいじゃないか」Bが当然のように提案した。
「あした? あしたはいるのか? あした! いるのか!」議長は力いっぱい叫んだ。
「……はい、ここにいます」あしたはごく密かに声をあげた。姿は見えない。
「君は、一体、何者なのかね……?」議長はすがるように嘆いた。
「……申し訳ないですが、僕にもそれはわかりません。僕は、僕であることがわかるだけなのです。つまり、僕が過去でも現在でもないことがわかるだけなのです。たぶん、それ以上でもそれ以下でもないのではないでしょうか……」あしたは語った。
「……はぁ……わかった、もういい、議論は終わりだ、解散!」議長はまた声高に叫んだ。
A、B、C、昨日君、現在さん、議長、そしてあした、皆がうなずいていた。
*
とても滑稽なやりとりの夢だった。正直、何がなんだかわからなかった。しかし、僕は思う。それでいいのではないのかと。「あした」のことなど、誰だってかすかにもわかりやしない、知りやしないのではないか。過去も現在も「あした」は決められない。むしろ「あした」が過去を、現在を決めるのではないだろうか。もし、この僕の思いが正しいとすれば、僕らにわかることは、「あした」には何かあるものがあるという、淡い、漠然とした「予感」、いわばただそれだけなのではないだろうか。
どれだけ嫌がっても、怖がっても、無関心でも、考えふけっても、「あした」は来るのだ。そうして「あした」が来るなら、僕らは「あした」を信じてみるしかないのだ。確証は無いが、そう思える。少なくとも、僕にとっては。
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これで4つに分けて更新する「予感」は終わり。実のところ、この文章というか短編は、もとは詩だった。それこそ「予感」という歌詞から、この文章が生み出された。歌詞の「予感」は、当然この短編よりも短いし、同じなのは軸だけで、その周りを彩っている形は随分と異なる。どちらも、個人的にはとても気に入っている。
時間を止めることは出来ない。少なくとも、一般的に認識されている世の中では、動かしようもない事実だ。だからこそ僕らは、信じるしかない。過去は次々と作られていく。こうして文章を書く間にも、あるいは息をしているその瞬間にも、わずかずつではあるけれど過去は作られていく。
そして現在は決して留まることなく過ぎ、もしかしたらそれが現在であると認識されうることもないかもしれない。現在はほんの一瞬、それも僕らが完全に掴みうることなどで着ないほどに、短い。けれど、確かにその現在は、その時そこにあり、確実に迎え入れるものだ。
未来は尽きない。何処まで行こうと、未来は僕らの前に立ちはだかる。時にはそれが光に見えることもあれば、闇に覆われている塊にしか見えないこともある。僕らの前には幾つもの未来がある。たとえ、生まれた瞬間に総てが決まっていようと、その「総てが決まっているのかもしれない」という意識を持つことにより、幾つもの選択が生じる。つまりは、道が見える。
僕らは、その道がどの未来に繋がっているのかを、明確に知ることは出来ない。多少なりの傾向を見出し、若干のヒントがあったとしても、僕らはある意味では霧の中に飛び込むように、道を選ばなければならない。道を閉ざすことは出来る、意図的に。けれどそれは、何の意味ももたない。それは、僕の中では議論に含めない。
未来は多くの現在と過去を規定する。未来のあり方によって、その時の現在、その時の過去は、いかようにも姿を変える。それは思い出と言うこともできるし、後悔と言うこともできるし、歴史ということもできる。そうして規定する力のある未来も、またそのうちに規定されうる現在、過去へと変わりゆく。
僕らは、常に未来を持ち、常に現在を通り過ぎ、常に過去を作っていく。それならば、僕らがすべきことはなんだろうか。努力、そうだろう。経験、そうだろう。怠惰、時には必要かもしれない。惰性、そういうこともある。待つ、それも一理だ。他にも有り余るほどに、行動の岐路はある。
しかし、その総てを総合して僕が思うのは、とにかくそれらを含めた、「これからおこりうる未来」であり「これから変えてゆく未来」を、僕らはどうあれとにかく信じるしかないのではないか、ということだ。辛いことも厳しいことも、悲しいことも怒れることも、楽しいことも笑えることもある。その総てを、信じる。
前に「許すという奇跡」という文章の中で、愛において「許す」は「信じる」を内包する、と書いた。それとは別次元の話だ。未来においては、「信じる」は最大のファクターとして存在するのではないだろうか。そしてこの「予感」という短編は、あるいは「予感」という歌詞は、そのファクターのメタファーとして存在する。もしくは、メタフォリカルなモチーフとして、存在する。そこに意味と意図がある。
長くなったが、そういうことだ。この短編を読んで、そして僕の勝手な思い込みを読んで、どう感じるかは全くの自由だ。このブログはそのために存在する。ただただ、きっかけを投げるために。たとえわずかな人にしか、受け止められることがないとしても、ただ赤裸々に叫ぶ。
メッセージは、伝えるもんじゃない。メッセージは投げかけるものだ。青く淡い心で。 circus
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